出会い〜イモの時代〜
「だったらイモ食べればいいよ!」
と美乃里の明るい声が部屋中に響き渡った。
一匹のヤモリが、部屋の様子を伺うように、壁とクーラーの隙間から頭だけを出している。
11月に入り、沖縄も何となく秋の終わりと冬の気配を感じさせる季節になっていた。
暮れなずむ部屋、ソファーでうなだれる貴志と
その側で楽しそうに両足をパタパタさせながら
背もたれに身を預ける美乃里が見えた。
「イモ食べる? 話し聞いてたか? 俺は失業するかも知れんって言ったんだよ。」
貴志は自分の言葉を確認するように言った。
「だから、いざとなったら贅沢しないでイモだけ食べてればいいわけさ。」
美乃里は笑いながら、両手にイモを持つしぐさをした。
ヤモリは深呼吸をした。
「ケッケッケッケッケッケッ...」
「ほら、ヤモリも笑ってるさ」
と美乃里が吹き出しながら言った。
「うるさい!」
貴志はクーラーの陰にいるヤモリを見つけて、睨みつけた。
ヤモリは
ゆっくりとクーラーの裏に頭を引っ込め、身体を隠した。
美乃里はケラケラ笑いながら、
「大丈夫よ~。ほら普通に食べてても添加物とかなんとか気になる時代だし、
それよりはイモだけ食べてるほうが健康的かもさーね」
と貴志の顔を覗き込んだ。
貴志は今にも泣きそうな顔で言った。
「お前はどこまでも前向きか」
美乃里は、貴志の頭の上にキラキラしたものを見つけたように続けた。
「イモ料理のバリエーションも増えるはずよ~。
イモカレー、イモ雑炊、イモ餃子、イモケーキ、そして...イモ焼き!」
「イモ焼きって、焼きイモのことか?」
「そうとも言うね」
得意げに美乃里は返した。
貴志は、天井に目をやりながら、ふーっとため息をついて、つぶやいた。
「仕事また探さんとなー。見つかるかな、俺も歳だしなー。大丈夫かやー」
その目はあえて何にも焦点を合わせていない様だった。
ヤモリはそっと天井を這いながら、二人のいる真上まで移動していた。
貴志はヤモリの動きを追いながら、そのまま独り言を続けた。
「失業するかもって言ったけど、ほんとはもう年末でリストラされるの決まってるわけさ」
「あ、蒸かしたイモをペーストにしてお好み焼きに混ぜてもいいかも...」
美乃里はまだイモレシピに夢中。
「15年頑張ってきたのに最後はあっさり首切るからよ。不況はいやだな。」
ぶつぶつ貴志。
「それともイモのでん粉質を使ってデザート出来ないかなー? 新食感のスイーツを発明したりして...」
ワクワクがとまらない様子の美乃里。
「美乃里!聞いてるのか? 俺は真剣に悩んでるばーよ!」
貴志は怒鳴った。
「合ってなかったんだよ、貴志には。だから良かったさ。ついてるよ。」
美乃里は静かに答えて、さらに
「JAのイモとマックスバリューのイモ、どっちが安いのかな、明日見に行こうかな...」
と言いながら台所に歩いていった。
取り残された貴志は、ふーーーっとさらに大きなため息をつき、
立ち去る美乃里の背中に向かって思い出した様に言葉をぶつけた。
「ついてるって...意味分からんし!」
そしてそのまま黙り込んだ。
「カイシャノセイジャナイカラヨ」
貴志は、耳慣れない「音」に反応し、ん?と言いながら台所を見たが美乃里は鼻歌交じりに洗い物をしている。
「カイシャノセイトカ...
ミノリのせいで...
不機嫌になってるとかダサいし」
貴志は、その「音」のようなものが段々と「声」として聞こえはじめたのに気づき、キョロキョロと天井を見上げ、ヤモリと目が合った。
「聞こえてるのか?」という声。
貴志は頭を左に傾け眉間にしわを寄せながら、
「おれ、失業のせいでおかしくなったのかや?」とつぶやいた。
「おかしいのはお前の考え方なんだよ。ケッケッケッケッケー」
つづく
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